高野山 奥 の 院  2006年 12月 7日

文字サイズは「大」で  画面は「最大化」で  ご覧ください


高野山 奥 の 院
c0070150_11415010.jpg

c0070150_11434879.jpgご隠居 高野山は 「奥の院」まで足を伸ばしたんでしょ
なんか 「奥の院」というと
「大奥」みたいな 男子禁制の場所というような
なまめかしい感じがするんですが どんなもんなんでしょう


熊さん それは考えすぎですょ
30mからなる 杉と高野槙に囲まれた 荘厳な場所ですょ

その最奥部に 弘法大師廟が祀られていましてね
空海は 835年3月21日  62歳の時
生身のまま入定したという伝説があり
五穀を絶って即神仏となり 高野山で永遠に生き続けているのです
高野山は 明治時代まで女人禁制だったんですょ 熊さん



奥の院の入り口には 「公園墓地」があって
その中には 企業や 団体の墓地や 慰霊碑がかなり存在していました
特に企業墓地は 会社の宣伝かあ?と思わせるモノが多かったですね
聖地においても その商魂のたくましさ 自社アピールには驚きましたね

c0070150_11482213.jpgc0070150_11534069.jpg













麒麟ビール


c0070150_1154871.jpgc0070150_11484236.jpg

















奥の院は 大きく分けて2つのエリアに分かれていました
手前が大霊園や大名の墓が並ぶ「墓地エリア」
奥が 弘法大師入定の地である 「御影堂」を中心とした「聖域エリア」
このふたつのエリアを総称して 「奥の院」と呼んでいるらしいですょ

「墓地のエリア」は 公園墓地とは違って
鬱蒼とした杉と高野槙の古木の合間に かなり古い墓地が並んでいました
織田信長から明智光秀まで 豊臣から徳川まで
およそ思い浮かぶ歴史上著名な戦国大名の墓は ほとんどあるといってよいですね

c0070150_12572421.jpgc0070150_12591039.jpg


c0070150_1304955.jpgc0070150_130328.jpg


c0070150_139980.jpgc0070150_1393614.jpg











この写真は 「里見家の墓」でした





「聖域エリア」にはいる手前 御廟橋の脇にあった水中の塔婆
「流灌頂」という供養の仕方だそうです
塔婆の大きさは さして大きくなく 薄いものなのですが
流れる水に あがなうように立っている塔婆の群れ かなりインパクトがありましたね
まるで故人の供養の為に 必死に耐えているように

c0070150_1319970.jpg

橋を渡り「灯籠堂」へ ここからは撮影禁止なので 現場写真がありません
ここは天井から無数の灯籠が下がっているお堂です
建物はコンクリートで 灯籠も電球仕込みなので 雰囲気としてはイマイチでした
ご供養するのに 六角の灯篭が1万円 丸いのが5千円だそうです

灯籠が天井一杯に吊るされた 地下通路のような所をくぐり
そして 聖地高野山で最も神聖なる地点である 「御廟」にたどり着きます
御廟には多くの人々が参拝していました。

廟自体はとりたてて豪華だったり 弘法大師像があったりする訳ではないのですが
そこで拝んでいる人々の姿に 普段は不真面目な態度と気持ちで参拝している私も
思わず 心を打たれましたね
そりゃあもう みんな真剣そのものだったんですから その真剣な表情を見て
やっぱり弘法大師って スーパースターなんだなあー と思いましたね

これで 高野山奥の院ツアーはお終いです
熊さん 少しは雰囲気わかりましたかネェ
とても大規模で すごくて 神聖なところでしたょ

今度余裕が出来たら 秋 紅葉のころ 奥さんを連れて高野山詣ではいかがですか
気持ちが洗われるおもいですょ

c0070150_13265595.jpg

仏千人神千人 南無大師遍照金剛


楽しくて チョット H な my homepage

[PR]
by takiro2 | 2006-12-07 11:40 | 宗教 | Comments(0)
<<  二見ヶ浦 夫 婦 岩  20...  お印  高  野  槙  2... >>