旧日本兵の生還  5月 30日

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旧日本兵の生還
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このごろ フィリッピン ミンダナオ島で 旧日本兵が2人生存しているという情報で賑やかだが
女将さんは若いから 30年前の横井さんとか 小野田さんの 生存確認といっても知らないだろうなぁ
まだ小学生のころだもんねぇ 
今夜は話が長くなるんだから その気でいてくれ
調子1本 人肌で頼むょ


そうだろうな~ 旧日本兵の横井庄一伍長は グアム島のジャングルで終戦は知っていたんだが
夜な夜なアメリカ軍の陣地に忍び込み 食料や日用品を確保し 28年間ひたすら救出を待っていたんだ!
よく アメリカに見つからなかったねー
美味いもの 食べていたらしいよ

1972年1月24日、横井庄一伍長はグアム島南部のジャングルで 地元のハンターに発見され
28年間のジャングル生活に終止符を打ったんだよ
その晩、横井伍長に対し 「長い間ご苦労さまでした」のメッセージを込めて 極上のにぎり寿司の折詰を贈ったんだが アメリカ人医師が 横井さんから折詰を取り上げてしまったので 残念ながら横井さんはその寿司を食べていない
その晩、誰の口に入ったかは、いまだに謎になってる
悪いヤツが居るね~ 横井さんも食べたかっただろーにねー
アメリカ人医師が 怪しいと思うヨ

2月2日に帰国しての記者会見で発した第一声は
「私 横井庄一 恥ずかしながら生き永らえて帰ってきました 艱難辛苦して耐えてきました」でした
「恥ずかしながら」は一時流行語のようになったのを思い出します
「横井伍長は敗戦を知っていたが 日本兵として「生きて虜囚の辱めを受けず」と骨の随まで叩き込まれていた彼は
捕まったら殺されるかと思い怖くて出て来れなかった と後で語っていました
だから 日本の兵隊さんは 強かったのネ
♬ サッサと逃げるはロシヤの兵 死んでも逃げぬは日本の兵  ♬

1997年の9月22日 横井庄一氏は急性心筋梗塞のため八十二歳で亡くなりました
その死の直前 雑誌のインタビューに答えて
「帰ってくるんじゃなかった 贅沢に慣れすぎた日本人 どこか間違っとりゃせんか」と嘆いたといいます
わたしゃ ジャングルより 贅沢なほうがいいわよ ご隠居さん指輪買ってぇ~
今度なぁ~

一方小野田少尉の場合は 30年間ずっと戦争を続けてたんだ
と言うのは かの有名なスパイ学校 「陸軍中野学校」で ゲリラ戦の訓練を受けたあと
フィリピンに派遣され ルバング島で「残置諜者」
すなわち任務解除の命令があるまで敵地に潜伏し 情報収集活動すべしという特命を受けていたんだ 
しかし終戦は知ってはいたが 彼に「任務終了」の命令が届かなかったんだよぉ
ここが 帝国陸軍の陸軍たるゆえんで 命令がなければ任務は解かれない
即ち残ってスパイ活動を続けなければならなかった
ずいぶん義理堅い人だねー
 ♬ 思い込んだら命がけ 男~の心 ♬

この小野田さんを帰国に導いたのは 冒険家の鈴木紀夫氏でした
鈴木さんはルバング島のジャングルにテントを張っていて 1952年の2月20日 偶然小野田さんと遭遇
彼に戦争が終わったことを語り 一緒に日本に帰りましょうと説得したんですが
小野田さんは 自分は命令を受けてここに残留しているんだから
その命令が解除されない限り 勝手に帰るわけにはいかないと言います
この兵隊さん 泣かせるねー
女将さん もう1本つけてくれェ!

鈴木さんからの連絡で 小野田さんの元上官・谷口義美少佐が急遽ルバングに赴き
小野田さんに 「残留命令の解除」を伝え 長年の任務遂行の労をねぎらったのです

報道陣の前に現れた小野田少尉は
つぎを当て洗いざらした軍服を着用して腰に軍刀を吊っており 姿勢正しく挙手の礼をとった
翌日にはマニラに行き マラカニアン宮殿で当時のマルコス大統領に腰の指揮刀を渡し
ここで 小野田少尉の戦争は終わったのであります

小野田さんは3月12日 鈴木さんらとともに帰国しました
帰国後政府はせめてもの慰労金として100万円を渡そうとしますが 誇り高き小野田さんは拒否
どうしてもというので 彼はこれを靖国神社に寄付してしまいます
そして天皇や首相との会見を断り 真っ先に戦闘で亡くなった部下の墓参りに行きました
私にも一杯お酒をおくれ
女将さん泣いているのかい 鬼の目に涙だネ

そして1年後 彼はブラジルにわたり 牧場経営を手がけます 大牧場主となってから再び日本に戻り
現在は「小野田自然塾」を主催して 子供たちにアウトドア生活の指導をしているそうです

ごく普通の人として、大きな運命の歯車に翻弄され、流されてしまった横井さんと違い
小野田さんは厳しい運命の濁流の中
自分の生き方を常に模索して 常に困難と闘い続けて 活躍しているんだよ わかったかい

なんでも経験することは大事だね ご隠居も私と何か経験を持たないかぇ
よしておくれよ 目つきが仇っぽいょ~
今日は 死んだばあさんの命日なんだ 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
話の続きは明日だよ


 ご隠居さん待ってるよぉ~
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知らざぁ 言って聞かせやしょう

楽しくて チョットHな my homepage

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by takiro2 | 2005-05-30 17:03 | Comments(1)
Commented by natsuman at 2005-05-30 22:16 x
全くそのとうり。鳴かせるねえ。そう銀爺も云ってきたあ。でもね分かるかなあ、この話、若いもんには。でも百年前の話しじゃあない。銀爺の話題よりは新しいなあ。えーでも30年も前なの。そうかねー。
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